第5章:災害時の健康管理
健康被害、健康二次被害

災害発生後の避難生活は、被災者の心身に大きな負担をかけ、直接的な「健康被害」だけでなく、その後の生活の中で生じる「健康二次被害」を深刻化させます。専門家として、これらの被害について被災者と支援者それぞれの視点から具体的に解説します。

1. 健康被害

災害によって直接的に引き起こされる、急性期の心身の損傷です。

  • 被災者の視点

    外傷・怪我:倒壊した家屋や飛散物による骨折、裂傷、打撲などの怪我。避難途中の転倒や、慣れない環境での怪我。

    急性期のストレス反応:災害直後の極度の恐怖、不安、ショックによる不眠、動悸、過呼吸、食欲不振。家族や財産を失ったことによる急性ストレス障害(ASD)の症状。

    持病の悪化(急性期):医薬品やインスリンの途絶、寒冷による血圧の急激な上昇や心臓発作など、基礎疾患の急激な悪化。

  • 支援者の視点

    トリアージの優先順位: 多数の負傷者の中から、限られた医療資源で救命が必要な重症患者(赤・黄タグ)を迅速に選別し、適切な治療と搬送を行う。

    情報収集の困難: 交通インフラの途絶や通信障害により、被災地の医療ニーズや患者の重症度情報を集めることが困難になり、初期対応の遅れが発生する。

    医療資源の枯渇: 医薬品、輸液、包帯などの医療物資や、医療従事者が不足し、本来なら救えたはずの命を救えないリスクに直面する。

2. 健康二次被害

避難生活の環境やストレス、生活習慣の変化が原因となり、時間差で顕在化する心身の健康問題です。災害関連死の主要な原因となります。

  • 被災者の視点:避難生活での「我慢」が招く問題
    • 環境要因「トイレが汚くて我慢していたら体調が悪くなった」:トイレ不足や衛生不良による排泄の我慢、脱水、尿路感染症、便秘の悪化。「寒くて毛布も敷物も足りず、体が痛い」:低体温症、関節炎の悪化、特に高齢者の肺炎リスク上昇。「ずっと同じ姿勢で座っていたら足がパンパンに腫れた」:エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症)の発症リスク増大。
    • 生活習慣「糖尿病の薬が切れ、おにぎりやパンばかりで血糖値が急上昇した」:食事内容の偏り、服薬の途絶、運動不足による慢性疾患(糖尿病、高血圧など)のコントロール不良。要配慮者では、地域コミュニティからの孤立、運動機会の減少、食欲の低下、身体機能の低下などによりフレイルの悪化などが懸念される。
    • 精神・社会「先が見えず、将来が不安で眠れない」:不眠症、うつ病、不安障害の発症。避難所での人間関係のストレスや、支援者への遠慮(スティグマ)からくる孤独感。
    • 感染症「風邪をひいた人が咳をしていて、みんなに移るのが怖い」:過密な避難所でのインフルエンザ、ノロウイルス、新型コロナウイルスなどの集団感染リスク。
  • 支援者の視点:中期・長期的な支援の課題
    • 潜在ニーズの把握避難所に顔を出さない、あるいは遠慮して「大丈夫」と答える被災者(特に独居高齢者や精神疾患を持つ方)の潜在的な健康ニーズや服薬途絶を把握するのが非常に困難。
    • 資源の分散と調整避難所、在宅、福祉避難所など、被災者の所在地が分散するため、保健師や医師の巡回体制の構築が複雑化。D24HやEMISなどのシステムを使いこなせないと、支援の重複や空白が生じる。
    • 心のケアの長期化災害発生数ヶ月後に顕在化する遅延型PTSDやうつ病に対応するための、専門的な精神科医療・カウンセリング資源が不足する。また、支援者自身も過酷な労働環境でバーンアウト(燃え尽き)を起こすリスクがあり支援者支援も重要な視点となる。
    • 復興期への移行避難所から仮設住宅・みなし仮設住宅へ生活が移行する際、新たな環境での孤立を防ぎ、継続的な健康見守り(アウトリーチ)体制を構築・維持するのが難しい。

まとめ

健康二次被害の防止は、災害関連死の防止に直結します。支援者は、環境整備、衛生指導、そしてメンタルヘルスケアと慢性期医薬品の継続的供給、要配慮者へのサービスの提供に、特に重点を置いて取り組む必要があります。

すべての課題に一度に対応することは困難ですが、気づいた点から一つずつ改善していくことが、健康二次被害の防止につながります。